今回も「悩ましい国語辞典」(時事通信社)から、興味深い言葉として「君子豹変(くんしひょうへん)」について御紹介します。
この言葉は、今では「変わり身が早い」という意味で使われることが多いのですが、本来はそうした意味ではなかったそうです。この言葉の出典は中国の「易経(えききょう)」という書物です。占いについての解説書で、陽と陰の印を組み合わせた六十四卦(ろくじゅうよんけ)により自然と人生の変化の道理を説いています。ちなみに、「易経」は儒学で尊重する五つの書物の一つで、「詩経(しきょう)」、「書経(しょきょう)」、「春秋(しゅんじゅう)」、「礼記(らいき)」と合わせて「五経(ごきょう)」と呼ばれています。
「君子」とは御案内のとおり徳の備わった人、学識、人格ともに優れていて立派な人のことで、「豹変」はヒョウの毛が季節によって抜け替わり、斑文も美しくなるということだそうです。このため、ヒョウの毛が抜け替わるように、「君子」は時代の変化に適応して自己を変革するというのが本来の意味だったそうです。すなわち、本来の意味は、君子は過ちを改めて善に移るのが極めてはっきりしているということで、「豹変」は良い方に変わるという意味でしたが、いつの間にか悪い方に変わるという意味が生じてしまったようです。
今日では、節操もなく変わり身が早いという新しい意味が加わっていますが、それがいつの頃かは特定できないそうです。したがって、辞書にも両方の意味を記載するようになってきているとのことです。
著者である神永暁(かみなが さとる)氏も、言葉の意味を本来の意味とは変えて辞書に載せるのは、あまり気持ちのよいことではない、と書かれていますが、私も、言葉の意味や用例を調べることが目的の辞書では「本当はこうだ」ということをきちんと明らかにした方が親切かなと思います。
「悩ましい国語辞典」(時事通信社)は、私たちに改めて日本語の奥深さを教えてくれる良書ですね。また御紹介したいと思います。