私たちが普段使っている言葉の中には、住まいや建築に関わる言葉が本来の意味とは違った用法で使われるようになったものが数多くあります。
 建築関連の専門用語や業界用語であった言葉が、どのようにして日常生活で使われるようになったのかを紹介する「段取りの“段„はどこの“段„?」(新潮新書)という本を読みました。著者は荒田雅之(あらた まさゆき)氏と大和ハウス工業総合技術研究所です。大変興味深い内容だったので、いくつか紹介させていただきます。

 よく、「いい段取りで仕事ができた」という言葉を使ったりします。これは建築業界でも使いますが、日常の生活でも使います。
 建築用語としての「段取り」は、傾斜地に石の段を造成する際に、坂の勾配(こうばい)を見て石段を何段に設定するかの寸法を取ることを「段を取る」と言ったことに由来するそうです。「段を取った」結果、仕上がった石段の出来、不出来を見て、段取りが良い・悪いと言うようになったそうです。
 ところが、今日ではこれが石段のことだけではなくて、「あの人は段取りのいい人だ」「あの人は段取りの悪い人だ」などと、仕事のやり方や進め方などについて使われるようになっています。

 また、「沽券(こけん)に関わる」という言葉があります。これは品位やプライド、体面を傷つけられたという時に使われます。沽券の「沽」は売り買いという意味で、「券」には割賦(かっぷ)や手形といった意味があったそうです。このため、「沽券」は土地、家屋、不動産などの物件の価格を記した証文のことで、その由来は平安時代にまで遡るそうです。江戸時代になると不動産を売買する際に、売主と買主が共に売買金額を記した沽券証を発行し、名主や五人組などがそれに署名捺印することで不動産の権利移転が成立するようになったそうです。つまり、「沽券」は今でいう不動産登記簿のようなものです。後に物件の価格自体を意味する言葉となり、転じて人の品位や体面、品格を表すようになったそうです。今日では、私たちは本来の意味を全く意識しないままに使っております。

  この本には、こうした事例がたくさん紹介されています。棚上げ、建前、筋違い、縄張り、畳み掛ける、縁を切る、仕切る、落とし込み、叩き上げ、適材適所、根回し、洗い出し、見込み、筋金入り、立ちあい、几帳面(きちょうめん)、羽目(はめ)を外す、柿落とし(こけらおとし)、鎹(かすがい)、埒(らち)があかない、堂に入る、結構、造作(ぞうさ)、敷居(しきい)が高い、養生(ようじょう)、天井をみせる、てこ入れ、など聞いたことのある、あるいは私たちが日常生活で使っている言葉がたくさんあります。

  こうした言葉のほとんどが建築関係で使われていた用語から生まれたものだそうです。このうち興味深い事例について、このブログで何回かに分けて紹介していきたいと思います。