現在の行田市には、「埼玉(さきたま)」という地名が残っています。これが埼玉県の地名の発祥だと言われています。

奈良時代に編さんされたと言われる万葉集などでは、「さきたま」の表記として「前玉」や「佐去多萬」と書いてあるものや、平安時代の辞書には「佐以多萬・佐伊太末(さいたま)」という表記もあります。

では、「さいたま」・「さきたま」とはどんな意味を持つのでしょうか。
「さいたま」の語源には諸説があります。「さき」は位置を示す語で、「たま」は水辺や湿地を表すという説や武蔵国府があった多摩郡を示すなどの説があります。行田市付近に水辺や湿地が多かったのかもしれませんし、多摩の先という意味だったのかもしれません。

では、なぜ、県の名前に「埼玉」が選ばれたのでしょうか。
埼玉県ができる前、現在の八潮市から旧岩槻市、行田市、羽生市付近までは「埼玉郡」と呼ばれていました。
明治4年11月14日に「埼玉郡」と浦和から鴻巣までの「足立郡」が統合されて新たな県が作られるとき、県庁は埼玉郡岩槻町に置くこととなりました。このため、岩槻町があった「埼玉郡」から名前をとり、埼玉県が誕生しました。
その後、県庁が岩槻町から北足立郡浦和町に移され、現在に至っています。

以上が埼玉県の名前の由来です。