「AIの衝撃 人工知能は人類の敵か」(講談社現代新書)に大変興味深いことが述べられていました。「進化論」で有名なダーウィンは、1831年、赤道直下のガラパゴス諸島に到着し、そこで彼は「ゾウガメ」や「イグアナ」など、これまで見たことのない多くの奇妙な動物を目にしました。英国に帰国後、彼はこれらの存在を合理的に説明する理論を懸命に考えましたがなかなか妙案が浮かばなかったそうです。その後ダーウィンは英国の経済学者トマス・マルサスの書いた「人口論」を読み、長年かなわなかったブレークスルーを遂げました。

 マルサスが人口の変化を説明するために使った「人口過剰」と「経済的弱者の淘汰(とうた)」という考え方を、ダーウィンはガラパゴス諸島で目撃した奇妙な爬虫類に結び付け、「自然淘汰に基づく生物の進化論」を作り上げました。当時の英国ではガラパゴス諸島の変種動物の存在は、生物学者の間で広く知られていました。また彼らの多くは有名な経済学書である「人口論」も読んでいました。しかし異なる分野の両者を結び付けて進化論を提唱したのはダーウィンでした。

 ロボットの概念を創り上げたことで有名なSF作家のアシモフはこのダーウィンの例を紹介し、「創造性とは一見異なる領域に属するとみられる複数の事柄を一つに結び付ける能力」と述べていたそうです。アップル社を立ち上げたことで知られるスティーブ・ジョブズも「創造性は物事を結び付けることにすぎない」とし、それが可能なのは「他の人間より多くの経験をしているか、あるいは他の人間より自分の経験についてよく考えているからだ」と語っていたそうです。

 確かに誰からの影響も受けずに完全にオリジナルな発明や発見をすることは考えにくいと思います。創造性は別の事柄を一つに結び付ける能力であるという説にはそれなりの説得力があります。何らかの発明や創造的なものに付加する形で新しい発明や創造が始まることはよく知られているところです。

 ヒトの脳は、多くの情報をインプットして正確にアウトプットする「倉庫」としての機能では、コンピュータに遠く及びません。ヒトに求められるのは「倉庫」に保管している知識や経験を、既成概念にとらわれない柔軟な発想で「結合」させ、新しい価値を生む機能、つまり「創造性」ではないかと思います。どのような知識や経験が役に立つかは分かりません。また何を触媒にして、どのような形に発展するのかも分かりません。しかし、多くの経験や多くの人との交流、あるいは視点が違うものを学んだり触れたりすることで、それが触媒になって既成の考え方にプラスアルファされたり、あるいはそれを超えてブレークスルーを遂げたりするのかもしれません。