カズオ・イシグロ氏がノーベル文学賞を受賞されました。イシグロ氏は日本人の両親とともに5歳の時に英国に渡り、日本語はほとんど話せないそうです。両親とも日本人なのに英国人というのも何となくイメージが湧いてこないのですが、英国籍ということですので、正に国際人ということでしょうか。

スウェーデン・アカデミーは授賞理由を「偉大な感情の力を持つ小説で、世界とつながっているという幻想的な感覚の下にある深淵(しんえん)を明らかにした」としています。つまり、排外主義が吹き荒れる今の世界だからこそ、ノーベル賞の元々の意味をしっかり踏まえた委員の中で、このイシグロ氏の小説が評価されたのではないかと思います。

イシグロ氏は1982年に『遠い山なみの光』で長編デビューし、日本を舞台にした長編小説を相次いで発表しておられます。1989年には『日の名残り』で、英国最高の文学賞とされるブッカー賞を受賞されています。作品の多くは邦訳され、発行部数の合計は97万部にもなります。
また、『わたしを離さないで』は、日本でテレビドラマや演劇にもなっています。彩の国さいたま芸術劇場では開館20周年記念として、故蜷川 幸雄(にながわ ゆきお)芸術監督がこの作品を舞台化しておられますので、埼玉県とも多少関わりがあります。

英国に渡らず、ずっと日本にいたとしたら、また趣きの違った作家になっていたのかもしれません。『遠い山なみの光』では英国に在住する長崎出身の女性の回想を、また『浮世の画家』では長崎を思わせる架空の町に生きる男を描いています。日本で生まれながら日本語がほとんど分からず、ある意味では日本を客観的に見つめることができ、あるいは逆に、憧れの対象として日本の社会を見ることにより、新鮮な小説が書けたのかもしれません。
いずれにしても、日系人であるイシグロ氏の受賞はうれしい限りです。