6月2日(金曜日)の埼玉新聞に、大宮氷川神社「二の鳥居」前に、明治天皇の行幸(ぎょうこう)の様子を描いた絵巻「氷川神社行幸絵巻」の巨大パネルが設置され、参拝者の注目を集めているという記事が掲載されていました。

「氷川神社行幸絵巻」は、明治元年10月、明治天皇が氷川神社を訪れた際の様子を描いた絵巻です。北足立郡木崎村(現浦和区)出身で、後に川越氷川神社の宮司となる山田衛居(やまだ もりい)が行列を写生したものを基に制作し、明治26年、氷川神社に奉納されました。現在も氷川神社が所蔵し、県の有形文化財に指定されています。大きさは、縦37.5センチメートル、左右の長さはなんと13.7メートルにもなります。そして、今回のパネルは原本の2倍という巨大さです。

絵巻に描かれた行列の人数は総勢540人にも上ります。
屋根に鳳凰(ほうおう)の飾りがある天皇の乗り物「鳳輦(ほうれん)」を中心に、菊の御紋の旗を持つ人、鉄砲隊、鼓笛隊など、所持品や服装もそれぞれ特徴的な人々が隊列を組んで進む様子が、生き生きと描かれています。

明治維新に伴う東京遷都により、京都御所から新たな皇居となる江戸城に入った明治天皇は、祭祀(さいし)を執り行うため氷川神社に行幸しました。
この行幸は、かつて平安遷都の折に桓武天皇が賀茂神社をお祀(まつ)りしたのと同様に、明治天皇が氷川神社を重要視していたことの表れではないかと考えられています。
氷川神社所蔵の文書には、「武蔵国大宮の氷川神社をこの国の鎮守とし、自ら祭りを行う。これよりは毎年勅使を遣わす」という、明治元年10月の明治天皇直筆と伝えられる勅書も残されています。

「大宮」という地名の由来は「大いなる宮居(みやい)」です。近代日本の国造りにおいて、ここ埼玉がよりどころとなっていたことを大変うれしく思います。

明治天皇行幸から150年目となる今年の秋に、氷川神社では「御親祭(ごしんさい)百五十年祭」が開催されます。パネルはそれを記念して制作されたもので、明治天皇の和歌12首及び行幸絵巻の説明や関連の年表とともに年末まで設置される予定ということです。県民の皆さんにも、是非とも絵巻を御覧いただきたいと思います。